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危機を支える医療従事者と、彼らの危険の責任の所在

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今朝の新型コロナ関連ニュースのトップに「雇用主や政治家は訴えられる可能性がある」と大きく書かれていてちょっと驚いて、内容を読んだ。

記事中でインタビューに答えていたのは雇用環境関連法の専門家トミー・イーセスコッグで、今スウェーデンの医療従事者、最前線でウイルスと感染者に立ち向かってくれている医師や看護師がさらされている危険の責任の所在は誰にあるかを、はっきり法にそった形で説明していた。

感染予防のための医療用のマスクや防護服は圧倒的に足りないという全世界的な状況の中でも、スウェーデンは公衆衛生庁がWHO(世界保健機構)が出している方針とも異なる指針を発表していて、それに従っている医療機関も多い。

具体的にはWHOが「長袖の防護服でマスクをして」といっているところを、「半袖でよくてマスクがない場合は顔面全体を覆うプラスティックのバイザーを着用していればよい」といった具体だ。

現場で働く医療従事者は「恐怖を感じながら働いている」と訴えるなど、身体面、精神面の双方の危険にさらされながら働いているわけだが、この責任の所在は雇用者側にあり、スウェーデンではその殆どが地方行政機関となる。また雇用環境法はもっと具体的に、劣悪な環境の中で働くという指示を出した直属の上司が、職業上の個人として責任を負うと定められていると、イーセスコッグさんは説明していた。

一方で、感染予防用のあらゆるものが足りていない状況とは知りながら、自身の専門外である救急医療の現場で働くことを自ら名乗り出てトレーニングを受けていた看護師たちのインタビューが放送されたり、今日のダーゲンズ・ニュヘテルではマルメの救急医療で働く医師が「今の状況ではたとえ無休であっても任務にあたるよ」と話すインタビューが掲載されていた。医療という職業を選んだ自分にできることを考えて行動している気持ちが美しすぎて、みたり読んだりしていると涙腺がじわっと緩んでくる。

危険を承知で行動すると自分で決めても、その責任の所在は別のところにあるのですよとはっきりしていることが、少しでも彼らの心理的ストレスを減らすことに役立っているといいなと願う。

これらのニュースを読んでいると、ふと福島の原発事故の時に現場で処理にあたってくれていた「作業員」と呼ばれていた人たちのことを思い出した。その「作業員」の人たちがさらされた危険の責任は然るべき人たちが然るべき形で取られたのだろうか?

「医療従事者への防護服の不足で雇用主は訴えられる可能性がある」

「たとえ無給であっても任務に向かうだろう」