
こんなに心がはずまない新年はこれまでになかったのでないかと思いながら、元旦は朴沙羅さんの『ヘルシンキ 生活の練習はつづく』を読んで過ごした。
数年前に初めて『ヘルシンキ 生活の練習』を読んだ時、あぁ、こんな素晴らしい本が世の中に出たのなら、もうなんだか私などが書くことはないなぁと思わされた良書だ。綴られていたのは、どちらがよいのか悪いのかではなくて、違いについて。そんなにいいとこばかりではないけど、北欧に住んでいて伝える価値があるなと私も共感するような事柄が、小気味よい関西弁と共に伝えられていたのが先の本だ。
続編の『練習はつづく』の方は、最初の本のおもしろさはそのままに、戦争、多様性と排外主義、国家、差別といった、今いちばん私たちに重くのしかかる問題についてさらに深く語られていた。本が出版されたのは2024年の8月だけど、その後起こったことをも予見するかのように、今の世界が抱える深い闇と、それに対して私たちができることを描いた本だった。
私のこのブログは「ニュースで語るスウェーデン」が副題だが、2024年に入ったくらいから、私がそれまで取り上げていたような、いわゆる普通のニュースを読んだりみたりする事が減り、故にブログの更新も滞るばかりになった。
毎日のトップニュースとして上がってくるのは、戦争や人々の惨状を伝えるものか、これまで私が当然と考えていた世界や秩序が、アメリカの大統領の発言や行動などで崩れ去っていくような話ばかりになった。
悲観的になり、ため息をつくことで毎日をなんとかしのいでいた私を、決定的に奈落の底に落としたのは、「毎日Youtubeを見るのに忙しい」と言っていたごく身近な人から、私の態度をなじられた時だ。
「上から目線で、自分は正しいと思っているようだけど、 左翼のオールドメディアの偏った報道にしか接しておらず、日本が今どんなにひどいことになっているか、真実を知らない」と言われた。
「川口市は不法滞在の外国人でとんでもないことになっているのを知っているのか? 南京虐殺で殺されたと言われている人数がどれだけ辻褄があっていないか、わかっているのか?」といろんなことを立て続けにまくしたてられ、どうしてそんなことを言うのか質問をしようとすると「質問するな!」と拒絶された。
そして「もっと本当のことがわかるように勉強してください」と言われ、一方的に会話を打ち切られた。その人は私がずっと友だちだと思っていた人なので、直後から深く悲しくなり、それは今でも変わらない。もっと勉強しろというのは、もっとYoutubeを見ろということなのか?それはやっぱりきっぱり違うだろう。
私にはそうは思えなかったので、その10月の某日から今日まで、私は私なりの方法でせっせと勉強した。これまでいまいち曖昧だった漢字3つの様々な単語(張作霖、柳条湖や盧溝橋)の年代や関連性をもう一度きちんと頭に畳み込むことができたのもよかったかもしれないが、この2,3ヶ月で、それよりも私に起こったよかったことは、きっと私に覚悟のようなものができたことだろう。
歴史を振り返るにつれ、これからもこの世界は私がこうあってほしいと思う方向とはどんどん違う方向に向かっていくのだろうし、それを多くの人が支持するだろうし、もしくは多くの人は反対の声をあげないのだろうと理解した。
このブログやニュースレターでも何回か書いたと思うが、私はこれまで、必要なときに自分が自分で正しいと思う行動が取れるかについて、自分自身を信頼することができていなかった。自らの保身や身の安全のために、いざという時に日和った行動をとってしまうのではないか、でも信条が要因で、投獄されたり殺されてしまっては元も子もないのではないかと、頭の中で堂々巡りの問いを蒸し返していた。
そんな中、ルンド大学の図書館で偶然それまで読む機会のなかった『君たちはどう生きるか』をみかけて読んでみたら、上記の私の問いは、私だけが気になっているものではなく、この本がベストセラーになるほど、多くの人の関心があるものだと知って少し安心した。
「上から目線で、自分は正しいと思っている」と糾弾されるだけあって、私はこれまで自分のことを「マイノリティ」だと思ったことはなく、私はただ人とは違う選択をしてきただけだと思っていた。
しかし統計数字を出すまでもなく、パスポートを持っている日本人にしても日本人全体のたった17%ほどだそうだし、外国に住んでいる日本人に至っては全国民の1%ほどしかいない(朴さんならここで、「私ら、めっちゃマイノリティやん」と突っ込んでくれるかもしれない)。
でもこの数字にしても17%もいるし、1%もいるとも言えることもまた事実(日本人の1%って、120万人位もいますから)。
話はここで飛ぶのだが、映画『福田村事件』について知った夜、私は夢をみた。(残念ながらまだこの映画を観ることはできていないのだけれど)。正義感に駆られた多くの人が、その正義感ゆえに「こいつらを殺せ!」といった時に、私は「やめろ!」とその理不尽な殺人を止めることができなかった夢。そしてそれができなかったにもにもかかわらず、なぜか私も一緒に殺された夢だ。
しかし夢に見るほどのそんな恐ろしさも、10月の衝撃的な個人的な出来事があって以来、逆に怖くなくなったのが不思議だ。おそらくは、身近にいる人たちも束になって、私が大切にしたいと思っている差別反対などの信条を一丸となって押しつぶしてくるのなら、私はそれに向かい立ち、なじられたり殴られたり殺されたりしても、そっちの生き方(もしくは死に方)のほうがいいな、と具体的に想像できるようになったからかもしれない。
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というわけで、私は相変わらず深い悲しみに沈んでいるけれど、もう以前ほど怖がってはいない。
そして朴沙羅さんが「みんなのための善いこと」の章で書いていたように、「一人なら怖くてできないようなことも、他人と一緒ならできるかもしれない」と思い、そこに希望の光をみている。
団体を作ること、協力すればできることが増えること、交渉すること、みんなで声を上げること、そういう「みんなのための善いこと」を実現するための具体的な技術は、自分でやってみたり、他人がやっている姿を見なければ、たぶん身につかない。
ー『ヘルシンキ 生活の練習はつづく』
以前にElleのティルサマンスの連載で、スウェーデンの平和活動団体にインタビューした時に、彼女たちが話していたことも繰り返し思い出す。
「世界に問題は多々あれど、平和を希求する運動は、市民個々人の活動のみでは限界があるのです」と。
一人ではできないことも思いを共にするみんなと一緒ならきっとできるに違いない。私はこれからは、繋がってくれる手を求め、握り返してくれた手があったならその手をさらに強く、強く握り返しながら、殺されるまで、もしくはこの生を全うするまで、そういう風に生きていきたい。