swelog 今日のスウェーデンのニュース

多様化社会、環境、移民、働き方などの面での日本とは異なるアプローチがヒントになればと、 スウェーデンのテレビや新聞のニュースの中から、ささったトピックを毎日ひとつ選んで紹介しています。 週末は長めの読み物 swelog weekend スウェーデンのニュースメディアを取り巻く環境の変化にも注目しています。

ファクトフルネスとグレタ・トゥーンベリ swelog weekend

ファクトフルネスのモヤモヤがグレタでふっきれる

金曜日の夜、スウェーデンで人気のTVのトークショー『スカブラン』にダニエル・エルズバーグが出ていた

彼は映画『ペンダゴン・ペーパーズ/最高機密文書』で描かれた、アメリカ国防総省の機密文書のリークにより政府のウソをあばき、ベトナム戦争終結に向かう流れを作った人物だ。

そのエルズバーグがインタビューの中で「今、私が世界で一番敬服しているのはグレタ・トゥーンベリ」というのを聞いた瞬間に、ここ数週間スウェーデン最大手の新聞紙上で再燃していた『ファクトフルネス』を巡る論争を追いかけながら感じていた、私の心の中のモヤモヤがはれたように感じた。

エルズバーグは続けて「グレタが、”アスペルガー症候群であるということが私のもの見方や勇気を持った行動につながっている”と言うのを信じるなら、世界にはもっとアスペルガーの人達が必要だ」と付けくわえた。

その時、グレタ・トゥーンベリと『ファクトフルネス』を書いたハンス・ロスリング、それにダニエル・エルズバーグ、この偉大な3人の、強さと信念と使命感が私の中でつながった。

そして彼らが私の背中をそっと(というよりはドンッ!と?)押してくれたように感じた。

(グレタ・トゥーンベリをご存じない方には、彼女の行動とそこから今何が起きているかを的確にまとめてくれた、岸本聡子さんのこちらのnote をお薦めします)

note.mu

売れに売れている『ファクトフルネス』

さて、『ファクトフルネス』を巡って私が感じていたモヤモヤとはなんだったのか?

世界で100万部以上、日本でも今年に入って発売されるとすぐ20万部を売り上げた『FACTFULNESS ファクトフルネス 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』。スウェーデンでも発売開始から10ヶ月たっても、常にノンフィクション書籍の売上上位を占めている。

この中でハンス・ロスリング(残念ながらこの本の出版を待たずに亡くなってしまったが)は、根拠のないネガティブなものの見方はやめ、焦らずにしっかりと信頼できるデータを集め、地球温暖化のような問題は長期的に取り組むべきだと教えてくれる。

答えは二者択一ではないし、ドラマチックなニュースや不必要なレベルで警鐘を鳴らす活動家に注意して、今できなくても総合的な分析に基づき考え抜いた決断で、段階的な行動をしようと。

ファクトフルネスの世界観は正しいのか?

TEDのプレゼンテーションなどを通じて、世界的な「教育エンターテイナー(ハンス自身の造語 ”Edutainer”)」となったハンスを称賛する声は、彼の本国であるスウェーデンでも非常に高い。が、同時に彼を批判する声もなくならない。(スウェーデンの知識階級はもう10年以上も、ハンスに何もわかっていない連中だといわれ続けてきたので、無理もない?)

ハンスの手法に対する批判の主なものをいくつか拾い上げてみると、まずは単純化されすぎた世界観と恣意的なデータの使い方の指摘だ。

例えばスウェーデン語版の第2章で「増え続けている16のよいこと」にある「民主主義」のグラフは、厳しい指摘を多数受けたためか(?)英語版などでは他の指標に置き換えられている。*1

絶滅しなかった動物たちの背後で、その他多くの絶滅していったものを取り上げていないという批判もきく。

冒頭で触れた、3週間程前からのダーゲンス・ニュヘテル紙上のファクトフルネスを巡る論争も、ルンド大学の社会学者が書いた「ハンス・ロスリングのポジティブな世界観は正しくない」という記事だった。ここでは、平均値の使い方や、健康を寿命の長さだけで切り取り、健康寿命や精神疾患を含めた見方をしていない点などが指摘されていた。

ハンスの名誉のために付け加えると、彼の息子で『ファクトフルネス』の共著者でもあるオーラ・ロスリングも述べているように*2、世界の状況を表すすべての数字を一つの本にまとめることは不可能だ。またこの本はそれを目指したものではなく、正しく世界を捉える方法を示したものだ。

世界は「悪い」と「良くなっている」が両立した状態だとは本の中で何度も指摘されており、またハンスがジャーナリストは中立的ではないと言っているのとまったく同じ理由で、この本の中で引用されるデータは、彼が伝えたいメッセージを読者に届けるために使用されているのだ。

私は、このポイントでは『ファクトフルネス』を責めることはできないと思う。

 ファクトフルネスとグローバリゼーション

次の批判は主に左派からの、経済至上主義と結託して現状を肯定することでグローバリゼーションをさらに推し進めようとしていると指摘するもの。

ビル・ゲイツが、アメリカの大学卒業者で希望者には全員『ファクトフルネス』をプレゼントすると決めたように、スウェーデンでも経済界を率いる財閥の一つのヴァレンベリ家が、高校3年生全員が無料で電子書籍のダウンロードができるように手配したことなどから、資本家、大企業側が、将来に対して悲観的になりがちな現代の若者をブレインウォッシュするのに利用されているとの批判だ。

(参考記事「ロスリングの本を信じてはいけない」Altonbladet )

本の中で所得レベル1として分類されている貧困レベルの人達が、より豊かなレベルの2〜4へと移行するためには経済的な発展が不可欠であり、またアフリカには大きな市場があるとの記述が『ファクトフルネス』にある。

ハンスの、世界は先進国と途上国に分断などされていないし、ほとんどの人は中間層として以前よりもよい暮らしをしているとの指摘はすんなりと理解できるが、経済格差のネガティブな側面が「分断本能」の説明であいまいにされてしまっているのではないか?という批判には、私は同意したい。だが、これは感情による同意だ。

Oxfamは最近、世界の上位1%の富裕層が資産税をもう0.5%余計に支払うと330万人の命が救えるとの試算をし(これが「極端なシナリオに基づいた予測」であるかどうかの検証を、私は行っていないことを告白しておきます)、またエチオピアの人口の1億人を支える医療費予算は、世界一のお金持ちジェフ・ベゾスの資産のたった1%にしか相当しないそうだ。*3 

ここはハンスに従い、もっと自分で信頼できるデータを集めて把握し、自分なりの考え方を整理していかないとダメだ、これではハンスを批判できないと思った。ハンスが私達に伝えたかったのも、このような考え方ができるようになりなさいということに違いない。

ファクトフルネスと気候変動問題

そして最後になったが、もっとも熱く語られるのは「ハンスは気候変動問題と真剣に対峙していない」という点だ。気候変動はファクトフルネスで取り上げられる質問中、唯一世界の人が既に正しく理解している項目でもある。

ネガティブな状況は明らかなのに、そこに楽観的なものの見方を導入し、ゆっくりやっていった方がよいとはどういうことか、という批判がこれにあてはまる。

ハンスはデータに基づいた分析結果とは異なり、福島の原子力発電所でもチェルノブイリでも、またDDTやテロの危険性といった問題でも、人々は恐怖と危険を混同して間違った行動をとっているという。

取るべき行動があるとすれば、状況を正しく判断するのに足りないデータの整備を進めるべきで、恐怖にかられた根拠のない決断をするべきではないと。

私が冒頭に上げたTV番組を観ようと思ったのは、実はハンスの義理の娘で本のもうひとりの共著者でもあるアンナ・ロスリング・ロンルンドが出演していたからだ。

www.svtplay.se

大手新聞で論争が再び起こったことが出演の直接の要因かどうかは知らないが、この時期にTVに出演するならば、気候変動問題に関する質問は避けては通れないだろうから、どう答えるか聞いてみたいと思っていた。

アンナは環境問題に関してはみんな正しく理解しているとコメントしただけで、それ以上の言及はしなかったが、はからずしもその後同じ番組内でグレタ・トゥーンベリの名前がでた。そこで、私の中で何かが深く腑に落ちたのは冒頭に書いたとおり。

私がグレタに惹かれる理由

結局、私は『ファクトフルネス』を読んでも何も学習しなかったのかもしれない。

グレタが語る現状と今取るべき行動に、ハンスが指摘するネガティブ本能(ものごとを悪くみてしまう本能)と焦り本能(本質をつかまないまま焦ってまちがった行動をとってしまう本能)で反応しているだけなのかもしれない。

「私の世界は二者択一。気候変動が喫緊の問題であるなら変革への行動は今すぐとるべき」と語るグレタは、問題だとは思いながら具体的な行動を留保し、世界が一日でもこのまま続いてくれればと祈りながら現状を変えない私達大人や政治家、経済システムを厳しく批判する。

www.instagram.com

一方ハンスは、今できなくても総合的な分析に基づき考え抜いた決断で、段階的な行動をしようといってくれる。

しかし、私達はこの問題について総合的な分析ができる情報を手にいれることができるのだろうか?またできたとして、それまでは段階的な行動を取るだけでいいのだろうか?

グレタは、今行動するべきだとの信念を持って我々に挑戦する。もしかしたら、今、急激に変わりつつある現時点で手に入るだけのデータを基に分析したら、ハンスの気候変動問題への見方も変わっていたかもしれない(ハンスが世を去ったのは2017年2月)。気候変動は刻一刻と変わる様々な要因がからむ、予測がとてもむずかしい複雑な問題だから。

それにハンスも既に本の中で、我々レベル4にいる人間ががするべきことは明らかだといっている。二酸化炭素排出量はすぐに削減するべきだ。

そう、世界はよくなっている。

私たちは今、グレタのいうことに耳を傾けることができる(ダボス会議の大人たちも)。グレタの出現とその影響力の広がりもSNSがなければ起きなかったことで、これも近年の状況変化がもたらした「増え続けているよいこと」の一つだ。

『ファクトフルネス』の本当の魅力

『ファクトフルネス』の本の内容をどうとるかはその人次第だが、できる限り多くの人が読むべき本であるのは間違いない。

スウェーデンに住み多少社会問題に関心のある人達は、ハンスが過去十数年かけて全力で啓蒙してきた世界の捉え方には既に少しは慣れている。すると、一番最初に彼の話を聞いた時の、目からウロコが落ちる経験はもう済ませてあるので、本を読んでももっと細かいところが気になるのも当然だ。

しかし『ファクトフルネス』の本当の魅力はそれとは別のところにある。これは世界の見方を教えてくれる本であると同時に、ハンス・ロスリングの熱い伝記である。

データに基づき正しく世界を捉えることを妨げる10の本能の記述については、数多くの認知科学者の著作からも影響を受けたと説明されているが、その土台はハンス個人の経験だ。

そしてその経験の多くは不安や失敗に満ちており、現状の把握を間違うことで自分がしてしまった過ちを他の人々には経験させたくないという彼の熱意と使命感がカリスマ性を与え、私達の胸を打つのだろう。

読了後、涙が頬を伝うこの人間味に溢れたビジネス書は、一人のプロの職業人がすべてを掛けて信念をもって行動した記録でもある。 

ハンス批判を彼は喜んでくれるだろうか?

冒頭に登場したダニエル・エルズバーグは、15歳の時に自身も同乗していた父親の運転する車が事故を起こし、母親と妹が死んでしまったという体験から、世界は一瞬にして変わることがあると理解するに至った。

その経験が、ひいては、権力者は瞬く間に私達の世界を変えてしまうパワーを持っており、それがよくない方向に向かおうとしている時、食い止めたいとの思いが自分の行動につながったかもしれないと話していた。

エルズバーグの悲劇に起因する世界観や、ハンスの職業上の体験からくる使命感、またグレタの持って生まれた特性など、突き動かされる力を内に秘めた人のメッセージと行動は強い。

しかし、彼らのようなドラマチックな体験や信念ではなくとも、我々もひとりひとり、これまでの自分に固有の経験に基づいた、ものの見方や思うところはあるはずだ。

それは多くは「事実に基づかない思い込み」だろうし、大抵は特に波風立てて言うほどのことではないと思ってしまうだろうし、また特に誰かに反論したいわけでもない、というようないいわけで、口に出したりしないのだけど。

でも、、、、私はこれからは勇気をだしてわざわざそれを口にだそう、波風立てよう、と思う。

例えば『ファクトフルネス』が、今、日本で絶賛の嵐で、そしてこの本は今、誰もが読むべき本であるという点には心から同意するけれども、「ハンスがいうようにデータがそろうまで待ってから判断していたら、間に合わないこともあると思う!」ということを(私にしては大きな勇気をもって)話そう。

「今、説明したところなのに、何もわかっていない」とハンスをイライラさせてしまいそうだが、「少なくともあなたの本は私の行動を変えてくれたのですよ」と言えば、天国の彼も少しは喜んでくれるかもしれない。

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

  • 作者: ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド,上杉周作,関美和
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2019/01/11
  • メディア: 単行本
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昨日このブログのプラットフォームであるはてなブログから「swelogを開始して半年が経ちました」とメッセージが届きました。まだたった半年で記念といってはなんですが、これから週末に1回少しまとまったものを書いていこうかと思います。以前MIRAI Officeで書いていたブログのようなものに、自分の思ったことを少し付け加えたような感じです。

ただ、思いついたのはいいのですが、書き始めるとこれがなかなか難しく。まだまだ書きたいこともたくさんありましたが、この辺で一旦終わりにします。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!

【追記・2019年2月14日】まとめきれていなかった文章を整理して書き加えました。

【追記・2019年2月26日】

グレタ・トゥーンベリに関して新たに出た、とても良い記事を読んだのでリンクを貼っておきます。

欧州ニュースアラカルト:ストライキ、街頭デモ…16歳の環境活動家 若者たちと連帯、地球温暖化防止に挑む - 毎日新聞

 

*1:この点に関して、去年の10月にファクトフルネスの共著者でハンスの息子のオーラ・ロスリングが、批判を受けてディベートしているポッドキャストがあるので、興味がありスウェーデン語がわかる方は聞くと理解が深まると思う。

Boken Factfulness – ögonöppnare eller vilseledande? 5 oktober 2018 kl 12.10 - Vetandets värld | Sveriges Radio

*2:上記ポッドキャストの中で

*3:ローランド・ポールソン

Roland Paulsen: Ökande klyftorna är världens största slöseri - DN.SE