swelog ニュースで語るスウェーデン

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銃撃事件は詳細に報道するべきなのか?

1960年代から70年代の頭にかけて大人だった人は、どういう気持でニュースをみていたんだろうかと、思いながら今朝は起きた。

目が覚める直前まで見ていたのは頼りない気持ちでパリで迷子になっている夢で、これは先週からこの週末にかけて、パリでのイランへの大規模抗議デモや、トルコでのスウェーデンへの抗議デモ、そしてそのデモを引き起こした、表現の自由をたてにとりスウェーデンでコーランを燃やすアジテーターに関する報道、そして軍備増強のニュースに、増え続ける一方のストックホルム郊外を中心とした銃撃事件などを見聞きしたことと関係があるのだと思う。

そして、ふと、ベトナム戦争やら過激化する学生デモやら、安保やら、そしてヤクザの抗争のニュースやらが多かったであろう、その頃の大人はどうニュースと付き合っていたのかな? と思ったのだけれど、そんなことをいい始めたら、戦時下の人たちは毎日をどのように暮らしていたのだろうか? とかも気になってきた。

発砲事件はあちこちで起こりすぎて、もうどの事件のことを話しているのか、ニュースをちょっと聞いただけではよくわからない。

メディアには、潜在的な自殺願望者に悪影響を与えないために、自殺に関する報道を差し控えるというガイドラインのようなものがあるそうだが、今、銃撃事件に関する報道にも同じようなガイドラインを適応したらどうか、という議論がでてきているということを小耳にはさんだ。発砲事件が大体的に報じられると、それがさらなる次の事件を誘発するのでよくないという考え方らしい。

今のところは、銃撃事件はもちろんニュースでは大きくとりあげられている。なにしろ去年は62件の銃殺事件があったし、今年に入っても既に20件の発砲事件が起こっている。この状況を受けて、SVTは報道を抑えめにするどころか、反対に詳細な発砲事件のデータベースを作成して掲載しはじめた。

でもこんな暗いばかりのニュースに接していても、いつもの一日が始まれば「いつセムラ食べようかな?」などということが私のその日の最大の関心事になってしまう。でもそのすぐ近くで、いつ発砲事件や暴動が起きたりしても不思議じゃないよな、とも思う月曜日の朝。

まあ、いつ交通事故に出くわしても不思議じゃないけど、いつも交通事故のこと考えてるわけじゃない、というのと一緒かな。

ストックホルムでのこれまでの暴力事件(SVT)

© Hiromi Blomberg 2022