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AIで中国に勝つためにスウェーデンの保育所は何をするのか? swelog weekend

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(昨日noteに投稿したものと同内容です)

保育所でのデジタルツールの使用を義務化

7月1日から施行された新学習指導要綱でスウェーデンの保育所でのデジタルツールの使用が義務化されたことで、幼い子供たちにタブレット端末を使わせることの是非を問う議論が再燃している。

スウェーデンでは保育所も小学校などの他の教育機関と同じくスウェーデン教育庁(Skolverket)の管轄下にあり、運営はほどんどの場合コミューン(日本の市町村にあたる行政)が行っている。またほぼ専業主婦のいないスウェーデンでは大多数の子供は満1歳を迎えるあたりから保育所で日中を過ごすことになる。

スウェーデン政府はデジタル領域で世界のトップとなる目標を掲げており、教育はその達成に重要な役割を果たす。2017年に「教育のデジタル化」の戦略目標が策定され、今回の保育所のデジタル義務化もその一環となる。

国連のガイドラインと学術研究

保育所でのデジタルツール使用に反対の立場をとる人は、今年4月に発表された国連のガイドラインに言及することが多い。ガイドラインは5歳以下の子供の健康的な生活を促進するために作成されたものだ。

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ここでは2歳以下の子供にはタブレット端末の使用を推奨しておらず、また2歳から5歳の子供にはスクリーンタイムを一日1時間までに制限することを勧めている。

実はガイドラインはスクリーンタイムの子供の育成に与える影響については直接言及しておらず、スクリーンタイムが長くなることで「体を動かす」時間が減ってしまうことが問題視されている。

そして現時点では、スクリーンタイムが子供の学習や能力開発に与える影響をはっきりと示した研究結果はない。よって教育現場のデジタル化を推進するスウェーデン政府や教育庁へ「学術的なエビデンスなしに闇雲にデジタル化を進めている」という関連分野研究者たちの批判は的外れではない。

デジタルデバイスの子供への影響でわかっていること

しかしながら現時点でも子供とデジタルツールの関連性ですでに明らかになっていることもある。

リンショーピング大学の発達心理学のミカエル・ヘイマン教授によれば、タブレットなど多くのスクリーンに取り囲まれて日中を過ごす子供は睡眠が妨げられるカロリンスカ研究所の認知神経科学の教授で国際的に著名なトルケル・クリングベリは、デジタル端末を教室に持ち込むことは学習者の集中力と作業効率を損なうとの研究結果を指摘する。

今年スウェーデンで出版された『Distraherad(日本語未翻訳「集中できない子どもたち(仮訳)」』の著者で認知神経学を修めたシセラ・ナットリーも、小さな子どもたちのスクリーンタイムが増えることで、脳の成長に必要な他のアクティビティの時間が減ることを懸念している。

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彼女は、小さな子供たちの身体能力や聴く力、見る力は親など周辺にいる大人とのインタラクションの中で育成されるという研究結果を示す。音と画像を結びつけるゲームでは、アプリで行うよりも絵をみせながら大人が音を出す形で行ったほうが子供はその関連性をよく学ぶという研究結果もある。

子どもたちは、大人の目と目の周辺の筋肉で作る細かい表情や、ちょっとした動作や声のトーンからとても多くのことを学ぶ。2歳の子どもが学ばなければいけないことは、やはりスクリーンの外にあるようだ。

保育所のデジタル化とはスクリーンを見つめることではない

このような批判と論争の中ペーテル・フレドリックソン スウェーデン教育庁長官は、スウェーデンの大手日刊紙のインタビューで「批判は的外れ。教育のデジタル化とは子供にタブレットを与えて”子守り”をさせることではない」と切りかえした。

フレドリックソンは、教育がめざすべきなのは

① デジタル化の個人や社会への影響を理解することを助ける
② デジタル・ツールの使い方を教える
③ デジタル化がもたらす悪影響の理解を助ける
④ デジタル・ツールは子どもたちの創造力を強化するために使う

ことであり、ただ単に子供にデジタルデバイスを与えることではないと強調する。

彼はアップルや グーグル、マイクロソフトといったグローバル企業を名指しで、これまではスウェーデンの教育現場を「成長の期待できるマーケット」とみるこれらのIT企業に提案されるまま、なし崩し的にデジタルデバイスを教室に取り込んできた」と批判的に語る。新しいツールができたから使うのではなくて、当然のことながらツールは目的の達成のために使うものだ。

創造性に満ちた優れたAIエンジニアを育てるために、2歳児がタブレットでゲームする必要はないだろう。保育園に「デジタル化」が義務付けられたことで、逆にこれからデジタルデバイスの使用がどんどん制限されていくのかもしれない。

ビジョンと政策が、国の着地点を決める

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保育所とデジタル化の話をこうしてまとめていると、スウェーデンが1990年代後半にとった「ホームPC(”HemPC 家にパソコン”の意味)」政策のことを思い出す。すべての家庭にパソコンを普及させるために政府主導で実施された国家プロジェクトだ。職場などを通じて誰でもパソコンが安く手に入ることを推進し、結果ほぼすべての家庭にパソコンがやってきた。

スカイプやスポティファイに代表されるスウェーデンのスタートアップ企業や、世界中で成功しているスウェーデンのゲームスタオジオの成功の鍵を探っていくと、いつも見事にこの「ホームPC」戦略にぶちあたることが多い。保育所のデジタル化も20年後くらい先の未来から今を振り返った時に「あれが今のスウェーデンの基礎をつくった政策だった」ということになるかもしれない。

スウェーデンはデジタルで世界一になる」、「そのために教育のデジタル化でも世界一になる」というビジョンがあることで、どうすればいいかの研究が進み次々と施策が打ち出されていく。今の流れでは「この先デジタルで世界一になるために」「保育所ではデジタルデバイスは使わせない」という一見矛盾した方向に進む可能性は高そうだ。それが正しいかどうかは近い将来、科学と時間が証明してくれるだろう。

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参考リンク・日本の「現在の教育に関する主な課題」 

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