気候変動により急激に氷が溶けていく北極圏。厚く覆われれていた氷がなくなることで新しい水路ができ、これまではアクセスできなかった天然資源に世界の大国の関心が固まる。
スウェーデンはこれまでにないレベルの予算で北の最前線の防衛力を強化し、またこの地域での共同軍事訓練を望むアメリカ、デンマーク、ドイツ、オランダ、フランス、イギリスなどからの軍事部隊を受け入れる。(増えた防衛費に関してはこちら 防衛費40%増強でNATOとの連携強化 - swelog )
先週、スウェーデンの大手日刊紙ダーゲンス・ニュヘテルが公開した、北極を巡る新しい軍事状況に関する長い特集記事の主旨はこういったところだ。
この先の5年間で防衛費を40%増加させることを決定したスウェーデンは、目下、極寒の中でも活動できる兵士を増やすために訓練を強化したり装備を増強したりしている。
ダーゲンス・ニュヘテルを代表する政治記者エヴァ・ステンベリが、マイナス30度にもなる北の最前線で取材を行い、またスウェーデンのアン・リンデ外務大臣からも興味深い発言を引き出しているこの記事では、極寒の軍事訓練の様子だけではなく、この先北極圏はこうなっていく、というこれまで私が考えてもみなかった未来図がいくつも書かれていた。
今、北極圏とシベリア北部の一部地域では気温は既に平均3度程度上昇しており、中には6度もの上昇を記録した地区もある。「真夏には北極点を覆う氷が溶けてしまう事態」がいつ起こるかに関する予想は年々前倒しされ続けているが、現在は2035年に起こるとの見方が主流だそうだ。
北極圏の氷が溶けることで地中海の5倍の大きさの新しい海が出現し、北ヨーロッパから日本まで北極圏をまっすぐ横切って航海することも可能になる。漁業、鉱物、ガス、石油といった天然資源の地図もがらりと変わる。
Grafik: Jenny Alvén, Stefan Rothmaier. Källor: National Snow & Ice Data Center, Washington Post.
アン・リンデ外務大臣は「北極圏の陸地の50%はロシアの領土だ。また最近、中国は自国を「北極圏に近い国」と呼び始めたし、ロシアとも軍事協力を行っている」ことなどを指摘する。
北極圏で軍事訓練を行うスウェーデン軍が想定するのは、宣戦布告をしないまま東の方角からスウェーデン国土に侵入し、極北の地にこっそり基地や通信用マストを設営、そしてスウェーデンを助けようと西からやってくる協力国の軍隊の進路を阻むために、発電所やダム、橋を爆破してくる敵国だ。具体的な訓練内容は、凍てつく環境の中機関銃と双眼鏡で装備して座り、3時間以上動くことなく真っ白な雪原を監視するといったものだ。
気候変動は世界の核兵器の装備バランスも変えていく。
ロシアは所有する核武装潜水艦の約3分の2を北極圏のKola半島に装備している。水面を厚く覆う氷の下にある潜水艦は、氷塊が動く際に発するノイズ音により、追跡、発見されることを困難にしていた。これはアメリカ側にも同じ条件だったが、氷が溶けていくと潜水艦は発見されやすくなり、微妙に保たれていた軍事パワーバランスが崩れていく。
この記事は、訓練の様子や美しいオーロラの様子が、いくつもの大きなジャーナリズム賞をうけているロッタ・ヘルデリン記者の写真とともに紹介されている他、内容をまとめた動画をみたり、記事を読み上げる形のポッドキャストでも聴くこともできるようになっている。
インフォグラフィクスや動画編集、ポッドキャストの作成など、多数のスタッフが記事の加工部分で参加しているものの、中身を取材してまとめたのはステンベリ(テキスト)とヘルデリン(画像、映像)のたった二人の記者だ。
このような特集記事は多くの記者が関わった大掛かりな取材をまとめる形があったり、この記事のように一人の記者が深く掘ってまとめたりと、その制作手法は多岐に渡るのだろうが、一人の記者がじっくりとおそらく月単位の時間をかけたであろうこの記事は、これからも長く参照されるものとなっていくだろう。