これまでに見たスウェーデン映画の中でも、圧倒的な衝撃を受け、今も数々の印象的なシーンが重く心に残っているルーカス・ムーディソン監督の『リリア 4-ever』(2002年)。ここで描かれていたのは貧困国からスウェーデンに連れてこられて、奴隷のような売春業に従事させられるリリアの物語。そこで描かれていた悲惨さに息を飲んだ。
スウェーデンではこの映画が発表される少し前の1999年に、当時は世界でも初めての試みである「売春することは罪にはしないが、買春する側を犯罪人として取り締まる」法律ができた。この流れはその後ノルウェーやアイスランドにも広がり、フランスでも法として制定。売春が世界でも最も自由に行われている国の一つであるスイスでも、この買春禁止法が議論されるまでに至った。
買春は禁止されても闇の売買市場はあるので、買春禁止法の影響力・犯罪抑制力をはっきりとはかることは難しい。でも、少なくとも「買春は違法行為で、行ってはいけない悪いことだ」というコンセンサスを社会のなかに築いてきたはずだ。
しかし、現在もリリアのように犯罪組織の手に落ちて悲惨な状況で売春させられている女性はなくならない。それどころか、ストックホルムではコロナ禍で買春が増えている。コロナ禍では、日本でも経済的に不安定になった女性が売春することでなんとか生活を成り立たせようとすることが増えているようだ、となにかの記事で読んだ。
ストックホルム警察によると、今この都市で増えている売春の中にはもちろんそのような人もいるが、もっと目立つのはロックダウンとなった他国からスウェーデンのオープンな市場を求めてやってきた売春従事者たちの増加だという。スウェーデンはロックダウンもなく、今は制限されているとはいえ、他国からの入国もコロナ禍でも長らくオープンであった。
そんな中、ストックホルム警察がこの秋から始めたのが「鱈大捜査線」という名前の大規模の買春摘発捜査だ。(なぜ「鱈(Torsk)」なのかも気になる*1が、ここではそれについては追求しないことにする)
警察は昨年10月の捜査ではスウェーデン、ルーマニア、ナイジェリア、ケニア、ロシア、ベラルーシ、ウクライナ、スペイン、エクアドル、コロンビアそしてポーランドからの41人の売春従事者を特定。ここから42名の買春者を逮捕した。
売春者のうち35名が女性で男性は5名。トランスセクシュアルの人が1名で、最も若い人は18歳で最高齢者は45歳だった。この人たちには社会福祉担当官がついた。
またこの時に捕まった買春者の方は、年齢では18歳から77歳まで。性別が書かれていないところを見ると全員が男性と見てよいのだろうか。そして、そのうち27名がKASTという名称の「買春をしてしまう人たちの自助サポートグループ」に参加することになったと記されている(KASTは各地方自治体が運営しており、例えばヨーテボリのKASTのページは充実しているKAST-Köpare Av Sexuella Tjänster - Göteborgs Stad )
このスウェーデンで増える売春を報じる記事に関連して、ちょうどKASTと対をなすようなTalitaという組織のことも取り上げられていた。
Talitaは売春をさせられている人、また自分の意思で行っていてもその状況から抜け出ししたい人を助けるためのサポートNGOだ。元売春従事者で今はTalitaのスタッフとして他の人を助けるヤスミンは、オーストリアで売春を始めその後スウェーデンにきたと話す。
貧困の中自暴自棄になりドラッグ漬けで売春をさせられていた日々の中、Talitaに出会い抜け出すことができたそうだ。Talitaではシェルターの提供やセラピーを通じて、売春から抜けだす未来を一緒に築くプランづくりを手伝っている。
悪事は悪事を行う人を取り締まるだけでは失くならない。社会がその悪事を容認しないという態度が必要だし、その人たちが悪事にはまらないような社会的な仕組みも必要だ。
こんなことを最後に書きたくなったのは、今日本で絶賛公開中の、元服役囚を扱った『すばらしき世界』という西川美和監督の最新作のことを知ったからだろうか? はやく観たいなこの映画。
*1:と書いたところ、読者の方からTorskは買春をする人を指す隠語だと教えてもらいました。ありがとうございます!Svenska Ordbokにも1951年くらいから使われているとでているくらい普通の使い方? のようです。 語彙力のない私、恥ずかしいなー、すみません! そして、ということなら捜査の名前は「鱈大捜査線」ではなくて「買春摘発大捜査」がふさわしいですね。失礼しました。